おすすめの支援策が見つかる「行政版Amazon」 中小企業・小規模事業者をサポートする仕組みづくり
経済産業省におけるDXの取り組みを紹介する本レポート。今回は、中小企業庁の事例をご紹介します。中小企業庁は、全国に358万者ある中小企業、小規模事業者(以下、事業者と記します)の経営を支援しています。DXの柱は2つあり、事業者の経営支援と行政の生産性向上です。デジタル化推進マネージャーを務める林大輔さん(当時)と、佐々木輝幸さんのおふたりに、これまでの取り組みと今後の方向性を聞きました。
1.課題を洗い出すために職員にヒアリングを実施
――まずは経済産業省に入省した経緯を教えてください。
林 2018年6月に経済産業省に入省しました。それまで、システムインテグレーションサービスを提供する大手IT企業で14年ほど勤務し、官公庁向けのシステム開発などに携わっていました。その時に『独自の技術やユニークなサービスを提供する中小企業や小規模事業者との仕事はすごく面白いよ』という話を聞いてそうした事業者の方々との仕事に興味を持ちました。そんな時に中小企業庁のシステム構築プロジェクトにおけるデジタル化推進マネージャーの募集を知って応募しました。
(当時)経済産業省 デジタル化推進マネージャー/中小企業庁 デジタル・トランスフォーメーション室 林大輔さん
佐々木 私は2020年12月の入省です。前職では人材派遣サービスやITアウトソーシングを提供する企業にITエンジニアとして6年強勤めていました。社内のバックオフィスシステムやコンシューマー向けのWebシステムの開発などを幅広く経験し、次のステップを考えている時にたまたま経産省の募集を目にしました。民間企業では接点のなかった行政の世界はどんなところだろう、せっかくの機会だからチャレンジしてみよう、と思い応募しました。
林さんや職員の皆さんが取り組んできた成果をさらによりよいものにするべく、これまでの経験を生かしたいと考えています。
経済産業省 デジタル化推進マネージャー/中小企業庁 デジタル・トランスフォーメーション室 佐々木輝幸さん
―― 中小企業庁におけるDXはどのように進んできたのでしょうか。
林 私が経産省に入省した2018年6月当時は、いわゆる「デジタル手続法 」の議論が高まりを見せており、省全体でもデジタルトンラスフォーメーションに取り組むぞ、という機運が高まっていました。
中小企業庁では電子申請システムや広報サイトの構築は担当課毎の事業で実施していたのですが、DXでは関係部局を横断したデータの整理、データ活用の視点が必要です。さらに事業者や経済産業省や中小企業庁の職員、各地の事業者の方々と日々接する全国の地方経済産業局の職員などのユーザーの目線で利便性を感じられるデジタルシフトでなければなりません。
着任してまずは中小企業庁の職員、特に次代を担う若手の職員と現場の問題意識についてディスカッションしました。その中で「日頃の業務に忙殺されて本来やりたいことまで手が回らない」「中小企業に寄り添った政策を講じたいが適否を判断するためのデータが手許にない」といった悩みや課題が浮かんできました。
現場の課題をデジタル化によって解決できないか、ひいては事業者の方々へのよりよい支援につながらないか――、これが中小企業庁におけるDXの出発点となっています。
中小企業庁におけるDXの軸は大きく3つに絞られました。(1)中小企業・小規模事業者を支援するために行政手続きにおける煩雑な書類の記入や再提出の負担を減らすワンスオンリー(Once Only)の仕組み、(2)最適な行政支援策を事業者にプッシュ型で届けるリコメンデーションの仕組み、(3)職員の仕事を効率化し、ファクトデータを政策効果・検証および新政策の立案に生かせる環境を作る、というテーマです。
中小企業・小規模事業者の経営を効果的に支援するとともに、中小企業庁および地方経済産業局に務める職員がより充実した政策立案や経営支援に専念できるようにするねらいがありました。
2.理想のイメージは「行政版ECサイト」
――まず、中小企業・小規模事業者の方々を支援するワンスオンリーの仕組みづくりについて教えてください。
林 中小企業庁では、中小企業向け補助金・総合支援サイト「ミラサポplus」を提供しています。こちらがそのサイトです。
2020年4月に運用が開始されたミラサポplusは、電子申請に関する情報発信や他の事業者の事例、支援制度などを事業者の方に「知ってもらう」こと、そして支援制度や行政サービスを「使ってもらう」ことを目指したポータルサイト。経営力向上計画認定申請、ものづくり補助金申請、IT導入補助金申請などの各種申請サイトへのリンクが用意されています。
ワンスオンリー(Once Only)とは、事業者の方が最適な支援制度や行政サービスに手軽にアクセスできる「手続きの簡素化」を意味します。具体的には申請用のWebサイトの入力画面で、事業者の方が一度入力した情報、たとえば郵便番号や住所、代表者氏名、資本金などの情報は、関連申請サイトにアクセスした際のWeb画面にあらかじめ入力(プレプリント)されおり、一度だけ入力する(Write once only)ことで手続きの負担が減り申請を円滑に進められるようになっています。
佐々木 ミラサポplusにおける関連申請サイトとのデータの呼び出しや受け渡しは、各種申請サイトとのAPI連携やWebサービスを用いて実現しています。また、法人共通認証基盤「GビズID」、補助金申請システム「Jグランツ」、独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する「J-Net21」などの外部サービスとの連携にも対応する柔軟性・拡張性を備えています。
――なるほど。次にリコメンデーションの仕組みについて教えてください。どんなメリットがあるのでしょうか。
林 リコメンデーション(recommendation)とは、販路拡大や資金繰りなどのお困り事を持つ事業者に対して、行政サイドが事業者からの相談を待って動くのではなく先手を打って提案する仕組みのことです。これまで段階的に整備を進め、2020年4月からは、事業者が事前に入力した「人材育成」や「設備投資」といった関心のある情報に基づいて関連する支援制度をマイページに表示するサービスをスタートしました。
今後さらにWeb上での行動が類似している他のユーザー情報を用いた施策の提示、さらに事業者が財務情報などを入力することで企業の経営情報の「健康診断」や、支援制度を利用した場合の改善度合いを示すシミュレーション・ツールなども可能になる見通しです(下図は開発中のシミュレーション・ツール)。
「ミラサポplusにおけるリコメンデーションの仕組みって、ECサイトと同じだね」っていう話題がプロジェクトの中で出たことがあります。
ECサイトに行くと個人の登録情報や過去の購入履歴などからおすすめ商品が表示されて、数クリックの簡単な手続きで商品が手に入りますよね。ミラサポplusでも「事業者の方に最適な支援制度をおすすめ提示して、事業者の方がいいなと思えば数クリックで補助金の申請や認定が完了する」といったサービスを理想像として考えています。
―― たくさん申請書類を携えて役所に何度も足を運び補助金の認定を待つ、という従来のイメージとは全然違いますね。
佐々木 ただ、もちろん庁内にはまだアナログな業務が多く存在していて、リコメンデーションや申請手続きの本格的な進化は、これからが正念場です。とはいえサービスは徐々に拡充しているので事業者の方にはまずは気軽にGビズIDのエントリーに登録して、ミラサポplusでどんなサービスが利用できるか体験してくださり、忌憚のないご意見をいただけると嬉しいですね。
3.行政職員が本来の業務に集中できる仕組みづくり
―― 事業者向けの支援策を聞いてきましたが、職員側の業務はどう変わっていくのでしょうか。
林 先ほど中小企業庁のDXを進める際に職員にヒアリングして浮き彫りになった課題としてデータを活用した政策支援がありました。目下データサイエンティストの方のアドバイスをいただきながら職員向けのダッシュボード(データ分析基盤)の開発を進めています。
佐々木 データ分析基盤を通じて実現したいのは、EBPM(Evidence Based Policy Making)の仕組みです。こちらもAPI連携による各種データの取得や活用に向けた整備を進めています。さらに、情報提供に対する事業者からの事前同意取得や匿名化などの統計処理を前提条件として、蓄積した事業者の統計データを民間に開示する官民データ活用の促進も検討しています。たとえば融資を行う金融機関など民間企業の知見を活用しつつ、事業者の方々の支援拡充や地域経済の活性化につながる仕組みを開発しています。
4.本省や地方経済産業局、民間のシステム開発事業者と連携してプロジェクトを推進
―― 中小企業の経営者や小規模事業者の中には50、60代の方も多くいます。また行政職員の方でもITに慣れていない方も少なくないのではないでしょうか。
佐々木 事業者、職員の方を問わず、使いやすいシステムのUI/UX一貫したコンセプトのもとで開発することは利便性を高める観点から大切です。これは民間企業でのシステム開発と変わりません。事業者の方が普段使われるスマホからも、行政が提供する有益な情報にスムーズにアクセスできるような環境を整えたいと考えています。
林 サイトのデザインの統一感に加えて、ワンスオンリーやリコメンデーション、またEBPMで用いるデータ項目の定義情報を揃えるデータ整備や、GビズIDを使う機能の共通化などでも足並みをだいぶ揃えることができました。デジタル化推進マネージャーとして複数のプロジェクトを横断的に見渡せたことがよかったと思います。
データ整備は地道ですが、それによってより使いやすく、価値のある情報を事業者の方に提供するために欠かせず、これからも取り組みたいと考えています。
―― DXの推進にはさまざまなステークホルダーが参加します。難しさはありますか。
佐々木 経産省で働いて強く思ったのがお互いに協力していいものをつくりあげよう、事業を推進していこう、という前向きな方が多いな、ということです。営利を求める民間企業では社員同士のライバル意識も少なからずありますが、そこが大きく違うと思いました。そのため、プロジェクトに専念しやすいといえます。
ただ、開発事業者の方を選定する調達の仕組みなど行政ならではの制度もあり、新たに学ぶことはたくさんありますね。
林 DXに前向きな庁内の雰囲気は私も感じます。ただ、プロジェクトではいきなり全部を変えようとするのではなく、小さい成功を積み上げて成果物として目に見える形にしていくことを心がけました。これはアジャイル開発の考え方に通じます。また、制度ナビという支援制度の検索サービスと、事例ナビという事例検索サービスの開発では、利用者の声を受けて使いやすいサービスをプロトタイプ開発して進めるなど、サービスデザイン思考のアプローチを意識して進めました。
―― 今後の取り組みへの抱負を教えてください。
林 複雑化した制度に対してシステムを合わせるだけでなく、システムのほうに制度を合わせていくことも重要です。両方のバランスをとりながら、事業者の方をきめ細かくサポートしていく仕組みを中小企業庁の皆さん、地方経済産業局、そしてシステム開発事業者の方と実現したいと考えています。
佐々木 事業者の方々にとって使いやすいシステムを作り、それを活用いただくことで集まるデータが、中小企業向けのよりよい政策づくりにつながる、そういう好循環を作ることで日本が元気になってくれればいいなと思います。
全国に358万者ある中小企業・小規模事業者。その事業の活性化は日本経済・社会における活力の源として欠かせません。事業者の皆さんに寄り添うパートナーとして中小企業庁のDX推進はこれからさらに加速していきます。