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経産省DXのさらなる発展を目指して  ②行政機関におけるデータの価値

経済産業省 デジタル化推進マネージャーの吉田和平と申します。現在、DX専門職員として省内でのデジタル変革の推進に携わっています。(私のこれまでの経歴については、こちらからご覧いただけます。)

先日、「マーケティング志向のすすめ」というタイトルでnote記事を執筆しました。民間企業でのDXに関する取り組みや失敗の経験を踏まえ、経産省のDXをさらに加速するために、行政官向けに私が重視する3つのポイントを連載形式で発信しています。日々、行政職員と関わる中で、彼らの視点に立った説明を心掛けていきたいと思います。
今回のシリーズでは、現状のネガティブな側面にも触れつつ、それに気づくことがDX普及の第一歩であると考えているため、あえて言及しています。

①    マーケティング志向のすすめ(マーケティング編)
②    データの価値に気づく(データ編) ➨ 今回
③    デジタルの恩恵をうけられる組織になる(組織編)
 
それでは、今回は「データの価値に気づく」についてお話しします。


1.データに基づく政策立案、データドリブン行政って、いったい何がいいんだ?


最近、DX推進の背景から「データが重要だ」と耳にする機会が増えています。「データ(エビデンス)に基づく政策立案」や「データドリブン行政(経営)」といった言葉が、行政界隈でも浸透してきているように思います。しかし、これらの取り組みに対してご自身の業務に直結していない、特に効率的ではないと思われている行政官もいらっしゃるのではないでしょうか?
むしろ、こうしたトレンドワードが逆に業務を複雑化させ、不要な資料作成や新しい取り組みの検討、部門目標の再設定など、業務負担が増えている場面が多いのではないでしょうか。
 
私が考えるに、経産省全体でデータに基づく取り組みを実践し、その恩恵を享受するための土壌がまだ整っていないからだと思います。
データに基づく行政を実践するためには、多くの業務や政策がシステムによって自動化され、インプット、アウトプット、フィードバックが高品質なデータで管理されて初めて機能します。またそれを維持するために、組織全体でデータマネジメントとデータガバナンスを確実に実践し、さらに高度にデジタル化された組織であることが求められます。経産省は、組織としてその途上であるために、理想としている姿とのギャップに苦しんでいるのだと思います。
経済産業省デジタル・ガバメント中長期計画
https://www.meti.go.jp/policy/digital_transformation/asset/meti-dx/20221014/honbun-dejigaba-chuchouki-keikaku-meti.pdf

では、DXにおいてデータの利用を避けるべきなのでしょうか?

それは決してそうではありません。適切な場面で品質の高いデータを正しく活用することで、業務効率化の施策や新たなインサイトが必ず生まれます。
行政官の皆さんも、経産省が相当量のデータ(紙媒体も含む)を保有していることを実感されているでしょう。しかし、それらのデータがどのような価値を持つのかについては、まだ明確ではないかもしれません。現時点では私も皆さんと同じ立場ですが、「イシューの見極め」と「データ価値の再定義」という観点から深掘りを行うことで、経産省における業務に不可欠なデータや他にはないユニークで貴重なデータの発見につながると考えています。
このプロセス自体が、経産省のDXを進展させるために非常に重要な要素となるでしょう。私は、経産省には価値あるデータが多数存在し、それらが課題解決や新たな施策の原石になると信じています。

2.価値のあるデータとは?

私は、組織における価値のあるデータは大きく分けて2種類あると考えています。デジタルを活用した業務変革し、また新たなサービスや施策を生み出すためには以下の2つのデータの価値を見出す必要があります。
 

①    価値のあるデータは、価値のある施策とセットである。

その入り口はイシューに注目することです。ここで「イシュー」という表現を用いるのは、表面的な課題や問題にとどまらず、真因を見極めることが重要だからです。このイシューの質が、施策の価値を左右します。また、業務効率化などの施策には、必ず品質の高いデータが必要です。それを導き出すポイントについて、以下で説明します。

➨課題解決と必要なデータを導き出すためのポイント
・イシューを見極める
→今課題と思っていることは、真因の枝葉である可能性が高い。
→利用者へのディープ・インタビューなどを通じて問題の真因を見極めることが重要
・潜在ニーズを導き出す
→ニーズは顕在ニーズと潜在ニーズがあり、後者を探るのは非常に難しいが、これを導き出すと新たなインサイトになる。
→潜在ニーズを発見するために、データ分析やデータ可視化を使うべき。
・ストーリー作りが重要
→正しい問題を正しく解くために、ストーリー(解を導くためのシナリオ)が必要です。
→ストーリーのパターンは、いくつかでてくるので、解くべき問題を間違えると何年もの時間を無駄にする

(事例)
コンサルファームに所属しているとき、よく「バリューを出せ!」と言われました。当時は、その言葉があまり腹落ちせず、新しいITサービス・ソリューションばかり提案していましたが、顧客が求めていることを見極め、かつ潜在ニーズまで抽出し、問題の本質を提示することで初めて顧客の信頼を勝ち取ることができるということを何年か経験して分かりました。顧客は自身の置かれている状況や問題を、より理解してくれる人を信用します。

・利用者視点で必要なデータを探す
→ストーリーを裏付けるデータに価値がある。
→データそのものに価値はなく、利用者ニーズにあうデータに価値がある
・データは課題を解決するための手段であることを忘れるな
→データは1次データ(その目的のために取得したデータ)が最も価値が高いが、こだわりすぎないことが重要。
→状況によって2次データ(別目的で整理された既存データ)を利用することも検討すること。

どんな組織にも多くの課題が存在します。問題の本質を見抜き、高いハードルがあったとしてもチャレンジしなければ、表面的な課題をいくつ解決しても、新たな形で課題が再び表面化します。課題を抽出し、解くべきイシューを見極めることで、ストーリーは正しい方向に向かい、その結果、データの価値も変わってきます。施策におけるデータの価値を再定義することによって、本当に必要なデータが明らかになるのです。

② 価値あるデータは、その組織に特有のユニークな情報であり、新規サービスの原石となります。

これは社外の人にとって価値ある情報であり、新規サービスの源泉となるデータです。しかし、ここでもストーリーが必要になります。つまり、ビジネスモデルが不可欠です。
どんなに価値の高いデータでも、その潜在能力を最大限に発揮させるためには、利用者の課題を解決することを目的としたニーズ調査、認知、提供方法、インセンティブなどを考慮したビジネスモデルが必要です。

私の経験から言うと、別の目的で収集した既存データを活用して成功したビジネスは見たことがありません。新しいデータビジネスモデルを設計し、その上で貴重なデータをどのように活かすかを考えることが成功の鍵だと思います。

つまり、既存データのインサイト(ユニークな特徴)を見つけたとしても、それ単独では価値がなく、ビジネスモデルに合わせて貴重なデータと不足しているデータを組み合わせることで初めて価値が発揮されるのです。


➨他の組織にはない貴重なデータを活用する
・データそのものに価値がある。
→他社が求めているデータが組織内に埋没しているケースは多々ありますが、内部の関係者はその価値に気づいていないことがよくあります。
→組織内データの棚卸しを実施し、データ分析や可視化を通じて、インサイトを抽出することが重要です。
・データは組織にとって資産であり、長年かけて育てる必要がある。
→高品質で継続的に利用できる構造化されたデータを蓄積することが重要です。
→高品質なデータの生成には、インプットとなるデータの品質がすべてです。初めからクレンジングが不要な状態を目指すべきです。
・データは単独では価値をなさない。
→価値あるデータは、2次データや外部データとの組み合わせによって、その価値を増幅させます。
・データの使い道を発見する。
→誰の、どのような課題の解決に活用できるのかを明確にするため、利用者の課題を深く調査する必要があります。
→インサイトの特徴をもとに、データを適用できる余地が高い課題やストーリーを絞り込むことが重要です。

事例
医療ビッグデータ分野での先進企業の一例として、JMDC(https://www.jmdc.co.jp/profile/)という企業が挙げられます。元々は企業の健康保険組合向けに、健康診断や診療報酬明細書の管理サービスを提供していました。現在では、製薬会社や保険会社のニーズに気づき、サービスで得た健診や診療報酬データを匿名化し、企業に提供することで収益を上げるビジネスモデルを主力としています。
この企業は、健康保険組合を通じて得た2,000万人に近い被保険者データベースを保有し、センシティブな医療情報を長年にわたりトラブルなく管理してきました。また、表記のばらつきが多い情報を構造化データとして蓄積することで、業界内で圧倒的な地位を築いています。JMDCは他社にはないユニークなデータベースを構築し、それを活用したビジネスモデルの成功例として注目されています。

出展:JMDCコーポレートサイト
https://speakerdeck.com/jmdc/about-jmdc?slide=14

お気づきかもしれませんが、アプローチは多少異なりますが、1つ目と2つ目で伝えているポイントは共通しています。サービスを提供する対象(省内利用者または省外利用者)が異なるだけです。

省内業務の効率化も新規サービスの構築も、結局は利用者の課題やニーズを深掘りし、イシューを特定することから始めるのが良いでしょう。データはDXを推進する上で欠かせない重要な要素です。ただし、データ単独では業務効率化や新しいサービスの構築には価値がなく、データはDXを成功させるための「一要素」であることを理解していただければ、データの価値に気づいていただけると思います。

3.省内でデータを活かす活動をするために


データマネジメント、データモデリング、データアナリティクス、データドリブン、データ可視化など、データに関連するトレンドワードは多岐にわたりますが、これらはすべて手段に過ぎません。これらのDXテクニックを取り入れることが目的ではなく、目の前で発生している問題や、省内・室内で感じている課題に対して、イシューの追求とストーリーの設計を通じて問題解決に挑戦していただきたいと思います。

イシューを追求することで、自課室内にとどまらず、他の課室や省全体への視点が広がります。課室内だけで悩んでいても、真因の解像度は上がらず、解決策も導き出せません。同じ課題認識を持つ仲間と連携し、チームを形成して実施する必要がありますが、残念ながら現状の組織体制はそれほど柔軟ではないことは周知の事実です。この辺りの理想的な組織体制については、次回の「組織編」でお話しさせていただきます。 

皆さんは、以下のような仕事をされていないでしょうか?
・なんとなくセキュリティが気になるため、課室内、チーム内で情報(データ)を囲っている。
・Excelを使って毎年同じ作業を繰り返しているが、データミスが発生することがある。
・省内の色々な所に同様のルールが記載されてあり、毎回悩む
・etc 

このような制約を設けたり、作業に多くの時間を費やしたりすることは、表面的な課題に直面している状態だと思います。自分の課室・チームのルールや作業を見直し、課題を棚卸し、本当の問題点を見極める作業を行うことをお勧めします。そして、課題解決に必要なデータは必ず省内に存在しています。

また、業務発注者側としては、利用者が上記のような状態に陥らないような発注を行っているか、利用者視点で自身の業務を振り返ることも重要です。利用者の不便さは、最終的に自身の業務に影響を及ぼすことになります。

通常、イシューの見極めやストーリー作成といったプロセスは、不慣れで忙しい行政職員にとって時間が確保しづらいものです。私でよければ、どのようにアプローチすべきか、またどのような方向で考えるべきかについてのご相談に乗れると思いますので、お気軽にご連絡ください。

最後になりますが、デジタルサービスは時代によって形を変えてきていますが、データは形を変えずに残り続けています。多くの職員の方が何年も苦労されている業務も、価値ある不変のデータを見極めて構築することで、後輩たちが苦労せずに済むようになります

この機会に、価値あるデータを産み出してみませんか?

今回の文章を作成するうえで、私のこれまでの経験を中心に、データの重要性をご説明しておりましたが、文中の表現やロジックは以下の書籍からも参考にさせていただき取り入れておりますので、出典元としてご紹介させていただきます。

出典
・3つのステップで成功させるデータビジネス 「データで稼げる」新規事業をつくる(著者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング)
・DXを成功に導くマスターデータマネジメント データ資産を管理する実践的な知識とプロセス43(著者:データ総研; 伊藤 洋一)
・データ利活用の教科書 データと20年向き合ってきたマクロミルならではの成功法則(著者:マクロミル; 渋谷 智之)
・データ解釈学入門(著者:江崎貴裕)
・データ可視化学入門(著者:江崎貴裕)
・イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」(著者:安宅和人)