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経産省DXのさらなる発展を目指して① マーケティング志向のすすめ

デジタル化推進マネージャーの吉田和平と申します。
私が経済産業省に民間企業からDX専門職員として入省させていただき、約2年が経ち、色々と省内の事情や課題がおぼろげに見えてきたので、民間企業時代のDXの取り組みや失敗の経験から、経産省DXをさらに加速するために、私が大切だと思う3つの点を連載形式で発信していきたいと思います。(これまでの職歴はこちらから Linkedin_profile

デジタル化を推進するためには、まずはデジタルに関連しない部分(デジタル化推進の土壌)を変革する必要があります。それには、人の意識や行動を変えることが大切です。すぐに実践できることから始めて、少しずつ変化を起こしていきましょう。

①    マーケティング志向のすすめ(マーケティング編)
②    データの価値に気づく(データ編)
③    デジタルの恩恵をうけられる組織になる(組織編)

今回は、「①マーケティング志向のすすめ」について、ご説明したいと思います。

1.マーケティング志向になれない行政官・・・原因は?


経産省で仕事をしていると、「国民の多様なニーズを、政策や制度という枠組みの中で、いかに実現していくのか」日々、その難しさを感じています。新しい企画やシステム改修を進める際、どうしても「より高品質で多機能なシステムをつくる」「新しいデジタル技術を活用する」といった、プロダクトアウトの視点に偏りがちになります。その理由の一つとして、限られたリソースの中で、より効率的で効果的なシステムを構築したいという、作り手側の強い思いが挙げられます。

しかし、サービスやプロダクトは、国民の皆さんに使ってもらうことで初めて、その価値を発揮します。そのためには、国民の皆さんがその存在を知り、興味を持ち、実際に使ってみて「良い!」と感じてもらう、という一連のプロセスが不可欠です。このプロセスを意識せずに開発を進めてしまうと、最新の技術を駆使した高機能なシステムであっても、国民の皆さんから共感を得られない、悲しい結果に終わってしまうかもしれません。

事例
過去の私の経験事例ですが、ヘルスケアBIサービス開発をしていた頃、最新のデータ分析技術を導入し、高度な予測分析機能を実現しました。しかし、競合他社のサービスと差別化が激しく、市場でのシェアを獲得することが難しい状況でした。顧客ヒアリングの結果、多くの顧客がBIサービスのレスポンスの遅さにストレスを感じていることが分かりました。そこで、高速なレスポンスを強みにし、営業活動を行ったところ、高い評価を得ることができました。この経験から、いかに優れた機能を備えたサービスであっても、顧客の真のニーズに応えなければ成功しないことを学びました。

自身の経験

行政機関においても、マーケティングの視点を取り入れることで、より効果的なサービスを提供できるはずです。

経産省の中にいて、マーケティング視点(国民目線のプロセス)を実行することが、なぜ難しいのか?私は、以下の2つが原因だと思っています。
(1)外向きの仕事に時間が取れていない(組織構造の問題)
(2)多様化する社会における行政サービスのジレンマ(ターゲティング)
 
上記の国民目線のプロセスは言われてみれば当たり前のことですし、実際そのような志向で仕事をされている人もいらっしゃると思うのですが、(1)(2)の要因により、この志向が徐々に消えていっていると思います。

「(1)外向きの仕事に時間が取れていない」の状況と問題点について


担当者個人としては、「国民のために」という高い志を持っている人が多いにも関わらず、組織になると状況が一変します。これは、組織の利害と個人の利害が一致しないことが大きな要因です。
 
個々の課室は、自らの権限、予算、人材といった資源の確保を優先するため、他の課室との調整よりも、自課室の利益を優先する傾向にあります。この結果、利用者本位のサービス提供という本来の目的から徐々に逸脱し、組織内での調整業務に多くの時間を費やすことになります。

国民にとって何が良いのかということを必死に考えるべき「外向き」の時間や労力が、徐々に「内向き」の省内政治に使われていくようになっているのです。

このような状況は、職員のモチベーションが低下し、組織全体の生産性が低下するだけでなく、国民にとって本当に必要なサービスが提供されないという事態を引き起こしかねません。
つまり、組織の意思決定プロセスにおいて、国民目線を最優先できるような仕組み(組織構造)が欠如していることが問題なのです。複数の課室との調整の結果、意見を寄せ集めて「落としどころ」を見つけるような合意形成は、しばしば、国民にとって最適な解とはなりません。
 
これは、民間企業でもよく見られる現象ですが、特に大規模な組織では、この傾向が顕著です。職員は、組織の非効率性に frustrationを感じながらも、多数決や妥協によって決まった方針に従わざるを得ないという状況に陥りがちです。

「(2)多様化する社会における行政サービスのジレンマ」の状況と問題点について


「すべての国民に公平に、そして誰一人取り残さない」という理想は、デジタル社会においても重要な目標です。しかし、現実問題として、すべての国民のニーズを完全に満たすことは不可能です。

事例
過去にコピー機メーカーで働いていた時の経験ですが、コピー機はオフィス利用ですべての人が使えるように多機能を売りとする考え方が中心でした。しかし、ある時コンビニ向けのコピー機の開発をするミッションを受け、BtoCビジネスのため、コンシュマー・セグメンテーションに基づいたサービス開発が求められました。
そこで、コンビニ来訪者データの分析から、若年層の利用が多いという点に目をつけ、ペルソナとして「アニメやアイドルが好きで、秋葉原等でマニア限定のオリジナルグッズを購入したいと考えている10代後半~20代の男性」などの設定し、ニーズに合ったブロマイドプリントサービスを開発しました。このサービスは、若年層を中心に大きな反響を呼び、SNS上でも一時大きな話題となりました。

自身の経験

このように、特定の層に焦点を当てることで、より効果的なサービスを提供できるケースも少なくありません。 すべての国民のニーズを満たすという理想は大切ですが、現実的な制約の中で、最も効果的なサービスを提供するためには、ターゲットを絞り込むことが必要となります。
 
「誰一人取り残さない」というスローガンは、デジタル化の推進において重要なキーワードです。しかし、すべての国民が利用すべきサービスやプロダクトを開発することは、必ずしも「誰一人取り残さない」ことにつながるとは限りません。 むしろ、国民全員を対象としたシステムは、特定の層には過不足が生じ、誰にとっても中途半端なサービスになる可能性が高いのです。

米国の有名なコメディアンであったビル・コスビーさんの名言で、
「私は成功のカギというものはわからないが、失敗のカギは知っている。それは全ての人を喜ばせようとすることだ」は、セグメンテーションやターゲティングの有用性を的確に捉えています。

ここからは上述の課題の解決策について述べていきますが、
(1)についての課題については、次々回の「③組織編」で詳細に意見を述べさせていただくこととして、今回は(2)の課題を、どうしていくべきか後述していきたいと思います。

2.ファンダメンタル・マーケティングが重要

マーケティング実践の方法は、すでに確立されており、どのマーケティングの教科書でも、よく書かれていることですので詳細は述べませんが、経験則に基本を継続的に実施することが肝要です。
ここでいうマーケティングは、デジタル・マーケティングのようなテクニカルな話ではなく、マーケティングの基本の実践こそが重要で、フレームワークに則り、以下の2点をしっかりと実践していただきたいです。

基本が大事

1)4つのファンダメンタルを設定すること。

目的:objective(何を成し遂げたいか?)
・シンプルで魅力的なものにすること。
・イシュー(解くべき問題)を考え抜くこと。一度に多くの課題にアプローチしない。
・KGIに落とし込む(定量化する)
 
目標:WHO(誰に使ってもらうか?)
・目的を達成するために最も有効なターゲットを設定すること
・ユーザーニーズには9段階の分類があると言われている。悩みや痛みが最も大きいものを特定する。
・初期調査を実施し、セグメンテーションを設定すること
・仮説ターゲットを調べぬくことが大事。何に困っているか?困っている段階は?など。
 
戦略:WHAT(何を提供するのか?)
・製品やサービスそのものよりも、利用者がそのプロダクトやサービスを通じて得たい真の価値を見つけることが重要。
・根源的な価値を訴求することでブランドを確立する。(差別化)

事例
例えば、前述のヘルスケアBIサービスの場合、単に「分析機能を提供する」というよりも、「営業担当者が顧客先で、クイックに患者動向を把握し、医師との会話を円滑に進めるためのツール」というように、顧客が得たい具体的な成果を強調することが重要です。顧客が求めるのは、分析そのものよりも、分析結果を基にした意思決定や、顧客との関係構築を円滑に進めるための支援です。そのため、「クイックな表示機能」や「多様な分析パターン」といった、顧客の課題を解決するための具体的なサービスを訴求することで、差別化を図ることができます。

自身の経験

戦術:HOW(どう提供するのか?)

・目的と目標・戦略がしっかりと設定されていれば、そんなに悩むことはなく、ストレートに提供すること。
・いわゆるマーケティング・ミックス(4P)を実践すること
・提供するものはシステムやデジタルサービスではないこともある。システムありきで考えない

2)自社の置かれている状況を見極め、仮説を見直し続けること

・5C分析をして現在位置を把握すること(初期調査・定期調査)
・国民のFBをうけて仮説を見直すこと(繰り返し)

マーケティング・フレームワーク イメージ図

上記をベースに独自のマーケティング・フレームワークを築いて、PDCAを繰り返してフレームワークを磨き上げることが重要です。

3.行政機関でのマーケティング志向の取り入れ方

ここまで述べたように、サービスやプロダクトの制作等の業務プロセスにマーケティング志向(国民目線)を取入れるためには、前章で説明した取り組みを実践し、継続することです。
すぐに効果は見えてこないかもしれませんが、仮説を突き詰めて考え、実践・FBを繰り返す中で必ず結果はでますので、粘り強く実施してください。
 
ピーター・ドラッカーは、マーケティングの理想は「営業(販売)を不要にすること」であり、「顧客のニーズを理解して顧客に合った製品やサービスを提供することで自然に商品が売れる仕組み」を作ることだと定義しています
 
マーケティングを使って国民が利用する仕組みを構築することは、営業活動を実施しない行政機関にとって非常に親和性の高い活動ではないかと思います。
 
繰り返しになりますが、成功の要諦は以下を実践し、繰り返すことです。

①    企画段階で仮説を設計すること
・目的をしっかりと見極め、利用者(ターゲット)を明確にし、提供価値を考えること

②    自社の現在位置を確認すること
・自分と競合他社(同様のサービス提供者)を知ること
・カスタマーとコンシューマーの理解
・自社でコントロールできず、ビジネスに多大な影響を与える市場について理解すること
 
私も含めて行政官の皆さんはマーケターのようなプロではないと思いますが、基礎をしっかりと実施するだけで効果は十分に得られます。
またこの意識を持つことで、必ずモチベーションの向上にもなると思います。なぜなら、国民の悩みや痛みを自ら立ち上げた行政サービスで解決することこそが仕事のモチベーションの源泉だと思っているからです。

省内定着のアイデア

マーケティング志向を経産省内で定着させるためのアイデアとして以下を考えてみました。行政官の方は、皆多忙ですので、いかに楽に定着させるかを焦点に考えたものです。

〇利用者(潜在利用者含む)とのコミュニティを形成してみる

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・利用者との接点をできるだけ多くするための試み
・コミュニティの場で利用者にヒアリングしてみること(制作したサービスやプロダクトへの感想を直接聞いてみる)

運営するには非常に労力を要する取り組みですが、自社サービスを定期的に評価、FBをもらうために最もよい手段だと思います。利用者との関係性を維持することで、口コミでサービスが広まる可能性もありますし、机上で考えていては気づかない発見もあるはずです。最初はノウハウがないですし、コミュニティ作りの専門家もいますので、立ち上げ・運用含めた委託契約の調達もありだと思います。

〇プロジェクト計画書へのマーケティング指標の記載

プロジェクト計画書 image

・記載することで省内公開されますし、最初に宣言することで継続的な活動の指針となる
・マーケティングの基礎であるobject・Who・What・Howの仮説設定を具体的に記載すること

定期的に外部のチェックが入るプロジェクト計画書の特性を活かした行政機関特有の手法です。少し強制的な方法ですが、忘れていても定期的に様々な場面でチェックされるプロジェクト計画書に記載しておくことで、長いプロジェクトでの備忘にもなるかと思います。プロジェクト計画書の雛形として入れてほしい項目です。

最後に

一番大事なことは、利用者視点でサービスを創り、選択され喜ばれることを享受することだと思います。また、この”マーケティング志向”は、外のユーザー(国民)だけではなく、内のユーザー(省内ユーザー)に置き換えて考えることもできます。

省内向けサービスであれば、既存の制度や省内ルールに従ってシステム要件を固めるだけではなく、利用者目線で本当に解決すべき課題を考え抜き、”目的”をアップデートするところから始めていただきたいです。その結果、手段としての”システム開発”は不要になるケースも多いのではと考えています。
 
最後に、行政サービスのデジタル化とマーケティングの組み合わせは、相乗効果をもたらすと思います。デジタル化は、単なるデジタル技術の導入ではなく、国民の声を聞きながら、共に作り上げていく施策が重要です。マーケティング志向を取り入れ、国民ニーズを的確に捉え、行政サービスの質の向上を図りながら、より効率的な行政運営を実現していただきたいです。

今回の文章を作成するうえで、私のこれまでの経験を中心に、マーケティングの重要性をご説明しておりましたが、文中の表現やロジックは以下の書籍からも参考にさせていただき取り入れておりますので、出典元としてご紹介させていただきます。

出典
・コトラーのマーケティング5.0 デジタル・テクノロジー時代の革新戦略(著者:フィリップ・コトラー , ヘルマワン・カルタジャヤ , イワン・セティアワン
・マネジメント(著者:ピーター・F・ドラッカー
・ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング: Webマーケティングの成果を最大化する83の方法(著者:木下 勝寿
・イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」(著者:安宅和人
・USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門(著者:森岡 毅